09/04/2012
それは「贈与経済」である。
とりあえず使い道のない金があるなら、いまだ身体的需要が満たされていない人たちに贈与すればよろしいではないか、というのが私の主張である。
贈与のためのシステム作りはけっこう骨折り仕事である。
社会的成熟に達していない人間は「商品を買う」ことはできるが、「贈与する」ことはできない。
贈与は人間的成熟を要求する。
私たちの社会システムは「適切に贈与を果たしうるような成熟した市民の育成」を目標として制度設計のやり直しをしなければならない。
私はそんなふうに考えている。
「贈与経済システム」については、これからもっと詳しく語る機会があるだろう。 „
Quote posted at 12:34
とにかく、ものが欲しかった。だから必死で働いて、稼いで、使ったのである。
今の中国と同じである。
ひとわたり欲しい物が手に入ったら、購買力は落ち、経済成長は鈍化する。
欲望が身体を基準にしている限り、欲しいものには限界があるからである。
一日に三食以上食べることはむずかしい(してもいいが身体を壊す)。洋服だって一度に一着しか着られない。テレビだって一度に一台しか見られない。家を何十軒も買っても住めるのはそのうち一軒だけである。自家用ジェット機を10機所有していても、いちどきには一機にしか乗れない。
かように身体が欲望の基本であるときには、「身体という限界」がある。
ある程度以上の商品を「享受する」ことを身体が許してくれない。
そのとき経済成長が鈍化する。
そうなると、人間は「身体という限界」を超える商品に対する欲望を解発しようとする。
80年代に「ほしいものが、ほしい」という画期的なコピーがあった。これは身体的な欲望がほぼ膨満状態に達し、経済成長が鈍化せざるを得ない現実を活写した名コピーだったと思う。 „
Quote posted at 12:30
28/03/2012
自立支援など課題山積 被災地支援の市民団体が交流会
(3月26日)東日本大震災の被災者や被災地支援に取り組む県内の市民団体による交流集会が25日、宇都宮市野沢町のパルティとちぎ男女共同参画センターで開かれた。「被災地のいま、とこれから」をテーマに、大震災から1年がすぎた現在の活動や今後の課題について情報交換した。
全体会のシンポジウムでは、支援団体の代表者から「被災地域の経済活性化など、自立や自活のサポートが必要」「民間借り上げ住宅への避難者には情報やモノが届いていない」といった課題の指摘が相次いだ。
一方、被災者からは住宅や雇用をめぐる先行きへの不安の声が上がった。宮城県南三陸町の仮設住宅で自治会長を務める千葉光雄さん(65)は「今欲しい物はないが、次に進む力を与えてほしい。これから高台に移転する計画だが、住宅の建設地はほぼ決まっても大工など人手が足りない」と訴えた。福島県矢吹町の主婦酒井洋子さん(69)は「福島の最大の憂うつは放射能。線量が高く、若い人に支援に来てほしいとは言えない。むしろ原発に反対する運動に協力してほしい」と呼び掛けた。
Quote posted at 09:44
16/03/2012
母語る「負けないぞう」 支援タオル製作の被災者 真岡で座談会
(3月14日)【真岡】震災の復興支援となる、ゾウの形の壁掛けタオル「まけないぞう」作りに参加する東北の被災者を招いた「被災地のお母さんと語り合う『今、伝えたいこと』座談会」がこのほど、二宮コミュニティセンターで開かれ、市民ら約50人が耳を傾けた。
「まけないぞう」製作講習会を開くNPO法人「とちぎボランティアネットワーク」が、県内8カ所を回るキャラバンの一環。市市民活動推進センターが主催した。
語り手は宮城県気仙沼市の武田美智子さん(58)と斎藤香代さん(49)、福島県いわき市の阿部ジョセリンさん(34)親子3人の計5人。
500人の避難所暮らしを経験した武田さんは「寒さとストレスで病気にもなった。ギシギシという津波の音は忘れられない」。仮設住宅に住む斎藤さんは「狭い部屋にこもっていたが『まけないぞう』のおかげで、多くの人と出会えた。震災から1年たったが、私たちはこれからが一歩」。阿部さんは、胸の高さまで水に浸かりながら家族と逃げた様子を、涙を流しがら振り返り「『まけないぞう』はみんなが心を込めて作っている。大切に使ってほしい」と呼び掛けた。
„Quote posted at 13:40
10/03/2012
白河仮設支援 ~国学院短大学生さん&先生方と~
去る3月4日、国学院栃木の学生さん4名と家政科の先生、また料理研究科の先生が東京から来て下さり、白河に行きました。
学生ボランティア”みたらし会”のみなさんは、震災ボランティアのみならず、様々な方面でボランティアをされているそうです。
大型絵本とバルーンアートセット持参で来てくれました!
バルーンアートは大人気。
たくさんの作品ができました。
小学生は外で雪合戦。
溜まりたまった(?)日頃のエネルギーを発散してました。
やはり男性ボラがいると勢いが違っていいですね。

室内では水引き教室も。
紙一枚から包み紙ができるなんてすごいですよね。
住民の方も何名か参加。
中には復習用にと持ち帰られる方もいました。
Tea timeは料理家の先生が作ってきて下さった心温まるケーキ。
みんな大喜びでした。
いつもは大人か子どもに偏りがちですが、今日は大人も子どもも楽しめた日になったかなと思います。
小学生チームはもうすぐ春休みです。
仮設住宅に子ども遊びボランティアとして参加できる方、ぜひぜひご参加下さいね。
元気いっぱいのkid’sたちがお出迎えしてくれますよ♪
☆次回は3/20(火)に行きます!参加したい方はVネットまでご連絡下さい。
TEL 028-627-5590
ハル
Text posted at 15:58
09/03/2012
県内避難者のみなさま、V事務局で一緒に昼食を食べませんか?/毎週土曜・宇都宮
毎週土曜日みんなで昼食を作り、ランチタイムを過ごします。
お料理が好きな方、食べるだけが好きな方、郷土料理を紹介してくれる方、ぜひぜひ気楽に遊びにきてください。 福島民報・福島民友の新聞も過去1か月分まで置いていますよ。
- 参加費(材料費)
200円 - 時間
11:00より - 場所
とちぎボランティアネットワーク事務局
栃木県宇都宮市塙田2-5-1 共生ビル1階
TEL:028-627-5590
詳しくは、お問合せのページをご覧ください。

☆3月の予定☆
3月 3日(土) カレー
3月10日(土)
3月17日(土)
3月24日(土)
3月31日(土)
準備のため、参加の際はご一報いただけると助かります。とび入りもOK!
Text posted at 14:53
08/03/2012
点があります。日本型雇用、日本型福祉社会モデルでは「生活苦に至らなかったはず」だが、現実に
は至ってしまっている人たちです(ついでに言うと、「無縁」という概念も、基本的には傘の外を指
し示す言葉です。日本における「縁」は家族(血縁)・地域(地縁)・会社(社縁)であり、それの
ない人が「無縁」ですから、その領域は基本的には傘の外と重なります)。ホームレス、DV、自殺
等々といった領域は、いわばその中の小集団(サブカテゴリー)です。私はホームレス支援を行って
きましたが、ホームレス状態にある人たちは「日本型雇用、日本型福祉社会で対応されていない人た
ち全般の中で、特に路上や公園で暮らしているという特徴に着目して括ったサブカテゴリー」という
特性をもちます。他も同様です。
とすると、これまでの各分野の蓄積が今後着々と制度化され、予算が増額されていくという見通し
が(少なくとも短期的には)立たない中で、日本型雇用、日本型福祉社会の「想定外」、傘の外、と
いう共通項に着目して、その全体に対応するための仕組みづくりを行っていく必要が出てきます。そ
れは「対象を限定せず、従来の制度では対応されてこなかった人たちに対応する」という形を取りま
す。なぜなら、傘の外は、何かしら名指して定義した(アイデンティファイした)とたんに、その定
義にあてはまらない人たちを生み出してしまうからです。「ひきこもり」を定義したとたんに、事実
上ひきこもり状態なのに、その定義にあてはまらない人たちが出てくる。「ホームレス」を定義した
とたんに「ネットカフェ難民」はホームレスではなくなる。定義から漏れた人たちのサブカテゴリー
を定義し、それに対応する施策を次々と打ち出すのは初期には必要なことですが、それを繰り返して
いると、施策はさらに細切れになり、制度全体は複雑化していき、ほとんど誰も全体像を理解できな
い迷路のような構築物ができあがる、となってしまうからです。
その改善を考えたとき、重大な鍵の一つは民間団体の「縦割り」問題でした。「縦割り」はふつう
行政に言われる批判で、それも問題なのですが、実は民間団体も縦割りで、両者は映し鏡のような関
係にあります。たとえば、ホームレス分野でも、DVでも自殺対策でも、保護された人がいっとき体
を休める一時避難所(シェルター)のようなものは必要で、実際にそれぞれの分野でその必要性が訴
えられています。刑余者、家族関係が煮詰まった家庭の子どもたちなど、一時避難所を必要としてい
る人たちはさらに広がります。しかし、ホームレス、DV、自殺対策分野の人たちが一緒になってシ
ェルターを建設した、国や地方自治体に申し入れたことがあるかというと、私は聞いたことがありま
せん。各分野は各分野の実情から必要性を訴えていますが、それが傘の外に共通するニーズだという
意識は、それぞれに希薄でした。すると、対応する施策も、分野ごとカテゴリーごとに積み上げられ
ていくので、現場では、ホームレス向けのシェルターはあるが、刑余者向けのシェルターはないので
、シェルターを必要とする刑余者は一晩路上で過ごして「ホームレス」となったら入所できるとか、
DV被害者用のシェルターはあるが、ホームレス女性向けのシェルターはなく、後者が事実として排
除されてしまう、といった事態が起こります。それぞれのカテゴリーが完全に独立して排他的な関係
にあれば、そうしたことも「やむを得ない」と言えるかもしれませんが、その刑余者はもともとホー
ムレス状態にあって無銭飲食を起こしてしまった人だったりするわけです。こうした不都合は、通常
「行政の縦割りの弊害」として語られますが、実はその弊害を作っているのは民間団体の縦割りでも
あるのです。
私は、解決すべき課題があるときに、それを誰かの責任にすることで自分は免責されるとする思考
が嫌いです(たいていの場合、「誰か」にも自分にも、双方にそれぞれの責任があるものです)。そ
れは真に課題を解決しようとする姿勢ではないと思う。私は基本的に民間団体の人間です。だから、
民間の人たちは、行政の縦割りの弊害を指摘する以上に、自分たちの縦割りの問題に敏感であるべき
と思います。それは、行政の縦割りの弊害を免責することを意味しません。その意味で、縦割りの弊
害打破は、行政とともに民間の課題です。そしてどちらが先にその弊害を打破できるか、競争のよう
なものだと感じています。
PSやワンストップ相談支援は、そうした問題意識の下、民間のネットワークづくりを目指して施
策化しました。ある地域において、A、B、Cという3つの団体がある。対象者は相互に重なり合う
活動をしながら、お互いに接点がなく、それぞれが行政に包括的な協議体をつくってくれと要望する
。行政が要望を聞き入れたとして、結果として生まれるのは似たような横断的協議会が3つできる、
という事態です。そこで足りないのは行政組織の横の連携であるとともに、民間団体同士の連携です
。だから「対象を限定せず、既存の制度では対応されない人たち」への対応を、PSやワンストップ
相談支援では謳っています。そして、地域のネットワークを拡大し、漏れのない面的支援が可能にな
るような官民連携型の支援体制の構築を求めています。
それぞれの事業が、その展望に対して理想的な活動ができるかといえば、各地に大量の課題があり
、言うほど簡単ではありません。しかし、こうした取組を進めていくことが、少しずつ意識と状況を
改善していくと私は考えているし、願っています。また、そうした方向に進展していかないと、次の
10年の展望がないと感じています。 „
Quote posted at 14:48
がら、現実には対応されていない人たちです。上記モデルにとって「想定外」の人たちだと言っても
いい(もちろん、本当はとうの昔に想定されるべきだったのですが)。
そうした傘の外の人たちが多様化し、量的にも増加していく中で、それに対応するさまざまな取組
が行われてきました。私自身は90年代半ばからホームレス問題に関与してきましたが、他にもDV被
害者問題、自殺対策、ひきこもり、フリーター・ニート、多重債務被害者、外国人労働者、障害者手
帳を持たない障害者、貧困家庭の子どもたち(高校中退などを含む)など、多様な問題が、当事者お
よびそれに気づいた人たちによって認知され、対応されてきました。
最初は問題そのものを否認していた社会も(否認のために使われた便法が自己責任論でした)、徐
々に問題の存在を認めざるを得なくなり、各分野での地道な活動が奏功し、それぞれの分野で一定の
成果が蓄積されてきました。具体的には、DV防止法(2001年)、ホームレスの自立支援法(2002年
)、自殺対策基本法(2006年)、子ども若者育成支援法(2009年)などです。2000年代は、テーマご
との取組の結果として、各分野において不十分ながらも一定の制度が構築されてきた10年間だったと
言えるかと思います。
ただ、これからの10年を展望する場合に、これらの制度が今までの延長線上で徐々に拡充されてい
く見通しがあるかというと、私は悲観的です。たとえば、ホームレス、DV、自殺といった各分野が
、高齢や障害のような形で制度化に至るかといえば、それは難しいのではないか(高齢や障害分野も
、その分野の当事者に言わせれば、まだまだ不十分にしか制度化されていないことは言うまでもあり
ません。しかし、介護保険、地域包括、障害者自立支援施策、作業所・施設に対する基盤整備の補助
金など、「何もなかった」分野に比べると、相対的に充実していることは間違いありません。もちろ
ん、しばしば言われるような「恵まれているからもっと削れ」といった含意は一切ありません)。
理由の第一は財源問題ですが、これについては、単なる財源問題としてではなく、社会の考え方の
問題として考察する必要があると思うので、まとめて後述します。理由の第二に、単純な量の問題も
あります。ホームレス、DV、自殺いずれも被害者になり得る潜在的な人数は多いですが、すでにホ
ームレス状態になった、DV被害から逃げてきた、といった人たちの対応数は、高齢や障害に比べて
多くはありません。理由の第三は、原因に遡ると重複が目立つということです。ホームレス、DV、
自殺等は結果です。そこに至る背景には失業や生活苦、さらに遡れば職場でのトラブルや生れ落ちた
家族の貧困などさまざまな要因があり、それらは相互に重なり合っています。ホームレス、DV被害
者、自殺念慮者といえば別々の人たちの問題のようですが、働き方の問題、生活苦の問題、住居の問
題、多重債務の問題などと生活課題で分ければ、どのカテゴリーの人たちも重複する複数の課題を抱
えています。アイデンティティ別で分けることには一定の必然性がありますが、アイデンティティに
かかわらず生活者として抱えている課題に着目すれば、むしろ共通点のほうが前面に浮かび上がって
きます(それでも「DVとは何か」「自殺のサインをどうキャッチするか」など、啓発事業などで取
り扱われるべき独自の領域が残ることは言うまでもありません)。 „
Quote posted at 14:47
日本型雇用、日本型福祉社会の崩壊過程」と捉えています。具体的には、現役世代は家族と企業で支
え、引退世代は社会保障で支える、というモデルです。そこでは、国が企業に補助金を与えたり、企
業の福利厚生を非課税扱いにするなどして企業活動を助け、企業が男性正社員に一家全員分の生活費
を渡し、男性正社員が稼いだ生活給で妻子(場合によっては高齢者も)を養う(その代わり、子育て
・教育・住宅にかかる費用は私費負担割合が高い)というのが、「ふつう」のあり方とされてきまし
た。
そのため、男性は学校を卒業するまでは父親に養ってもらい、学校を出たら定年退職までは会社に
養ってもらい、社会保障のお世話になるのは退職後の高齢期、女性は結婚するまでは父親に養っても
らい、結婚したら夫に養ってもらい、社会保障のお世話になるのは夫の収入が途絶えた高齢期、とい
うのが「標準的なライフサイクル」とされてきました。妻子を養うに足りる収入を得られない男性は
「甲斐性なし」などとも言われました。
しかし、このような「標準的なライフサイクル」に当てはまらない人たちは高度経済成長期から存
在し、その典型が母子家庭であり、日雇い労働者でした。この人たちは国・企業・男性正社員と重な
る三つの傘の下にいなかったため、以前から「働いても不安定で貧困」なワーキングプア状態に追い
込まれていました。しかし90年代以降、国も企業も余裕なく傘を閉じていった結果として、家族の支
える力も弱っていき、傘の外で雨に濡れる個人・世帯が増えていきました。
典型的には、ホームレス状態にある人々、働きすぎでメンタルヘルスを害した労働者、就職氷河期
世代の未婚男女、親が高齢化していった障害者やひきこもりの人たち、リストラされた中高年男性と
その家族、貧困家庭に育った子どもたち、家族に支えられなくなった低年金・無年金の高齢者、親の
介護や子育て負担から十分な就労機会を持たない人たち、廃業せざるを得なかった自営業者などです
。傘の外の世界が多様化していきました。相談現場の実感としては、2000年代前半には、もう誰が相
談に来ても驚けない状態になっていました。 „
Quote posted at 14:47
06/03/2012
3/5 社会的包摂 電話相談研修in岩手

とちぎVネットで社会的包摂事業の電話相談を行うことが決まりました。
とりあえず3月中は被災3県からの被災者の相談を受けることになります。
その電話相談員の研修を実際に行っている岩手県で実践訓練をするものです。
あいにく東北地方は朝から雪が降っています。

こんな感じで電話相談を行っています。研修を受ける人は相談ケースを教わり、ビデオを視聴しその後実際に相談受付を補助を受けながら実地研修を行います。
全国からいろいろな相談経験者が集まり、いろいろなケースの話を聞けたことは良い経験ができました。研修はあと二日続きます。
Tok
Text posted at 01:46

